《教育・社会 》
ハンセン病映画の中山監督講演と大姶良小児童が意見発表
ハンセン病問題啓発講演会
大姶良小6年児童による「ハンセン病問題学習を通して考えたこと」と題しての意見発表があり、中山節夫監督への質問をしたり、子どもたちと中山監督の交流タイムもあった。
中山節夫監督は、1937年熊本県菊池郡合志町(現合志市)で生まれ。
国立ハンセン病療益所菊池恵風園も遊び場として育つ。
1960年、多摩美術大学付属芸術学園映画科を卒業し日活撮影所に入所。
1962年よりフリーの助監督として多数の作品に携わった。
その後熊本に帰郷し、1969年に映画デビュー作である熊本市で起こった龍田寮事件を題材としている「あつい壁」。
2007年には、菊池事件を題材に「新・あつい壁」を監督。ハンセン病に対する根強い差別を扱い、話題になった。
映画「新・あつい壁」は、ハンセン病患者とその家族に対する差別の実態を浮き彫りにした作品。
ルポライターの卓也が取材を通じてハンセン病患者の無実を訴え、裁判で死刑に処された男性の話を聞き、熊本を訪れるというストーリー。
中山監督が、ハンセン病患者の国立療養所での強制隔離を定めた「らい予防法」の廃止10周年を記念して制作。
ハンセン病とされた男性が殺人罪に問われ、隔離された「特別法廷」での審理を経て死刑となった。刑は1962年に執行り、遺族が2021年に熊本地裁に再審を請求、この1月には第4次再審請求を熊本地裁が認めない決定をした。
無実を訴え続け、最初は裁判官だったら分かってくれるだろうと思っていたこと。らい予防法が偏見と差別を助長した。袴田事件のお姉さんが頑張って弟の無実を晴らした例など挙げ、ハンセン病問題に関心のある市民らとともに考える会で活動してきたことなど紹介した。
大姶良小6年児童による「ハンセン病問題学習を通して考えたこと」では、ハンセン病に対する正しい知識を広げること。
差別は、相手への尊敬によってなくせると考えている。
紙芝居を使って回復者やその家族の生きざま、抵抗体験を伝える。この人たちの強さやしなやかさを知ることで、同情の気詩ちを尊敬の気持ちに高める。
ハンセン病問題を自分たちの生き方に重ねる。「ハンセン病問題を学ぶのではなく、ハンセン病問題の中にある差別性や構造を見抜き、子どもだちとともに考える授業をめざして実施されたこと。
竹下ここねさん、松﨑桜妃星さん、出口めい咲さんが、ハンセン病の正しい知識について、ハンセン病問題紙芝居の紹介、黒川温泉宿泊拒否事件とわたしたち、学習についての感想などを順番で意見発表。
続いて部落問題学習の紹介、星塚敬愛園の見学についても意見を述べ、人権をよリ広くより深く学ぶために世界の子ども人権かるたの紹介も行った。
子どもたちから中山督への質問もあった。














































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