《おおすみ雑記 》
高屋山上陵近く神岩にまこもの注連縄奉納
先日、肝付町内之浦地区にある高屋神社で朝市が、初めて開催された。
そこで神の草とも言われる「まこも」を使った注連縄づくりもあった。
まこも(真菰)は、イネ科の多年草。人の背丈くらいに成長するが、古事記や万葉集にも登場し、神の宿る草とされ神社の注連縄や茅の輪の材料とされ、出雲大社では毎年6月に、マコモの神事が行われるという。
そのまこもで、参加者一人ひとりが縄を編み、それを繋げて約8mの注連縄を作って、朝市が終わってから国見山頂にあった高屋山上陵近くの神岩に奉納した。
高屋神社は、国見山頂に祀られていた高屋山上陵から勧請し創建されたが、その高屋山上陵が明治7年に、今の霧島市溝辺に移されてから、高屋山上陵も歴史の中から忘れ去れてようとしており、その里宮である同神社も、昭和45年ころまでは流鏑馬も行われ、例祭では舞いも舞われていたという。
「三国名勝図会」などの古い文献によれば、高屋神社は格式高い神社で、明治5年6月には、明治天皇が西郷隆盛などを従えて鹿児島に巡幸した際、皇祖が眠る鹿児島の三山陵を鶴丸城(現在の黎明館)から、吾平山上陵などとともに遥拝。勅使を派遣して、高屋神社に10円金貨を奉納したとされている。
今でも例祭は行われており、保存会も存在するが、高齢化もありなかなか活発な活動ができていなかったのが現状。
地域のなかで、これだけ由緒ある神社をさらに大切にしていこうと、昨年9月から月に一回ボランティア清掃が始まり、この3月に朝市が行われたもの。
また、そのメンバーが本宮でもある高屋山上陵跡にも度あるごとに参拝しており、途中の神岩と言われている岩に、朝市で作られた注連縄が奉納された。
地域の中で、その歴史や史跡などを大事にしていこうという動きが、女性や若い世代を中心にあり、地域活性化にも繋がっていて、朝市の開催までこぎつけ、注連縄づくりもあって奉納となった。
高屋神社は、高山方面からトンネルを抜け坂を下り町に向かう途中、内之浦葬祭と内之浦森林組合のある交差点から左に入っていく奥にある。
もし、内之浦方面へ行かれる場合は、ちょっと足を運んでみては…。
高屋山上陵跡は、高山方面からのトンネル手前の左から入る林道を山頂近くまで車で行けるが、鍵のかかった門扉があり、国交省に鍵を借りて入れる。(米永20260406)















































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