《政治・行政 》
第7回あの日を忘れない~語り継ごう「串良」あの日あの時
第7回あの日を忘れない~3.18鹿屋発空襲によせて~語り継ごう「串良」あの日あの時が、令和7年3月14日(土)13時30分~15時30分、串良ふれあいセンターで開催され、串良海軍飛行場と戦跡について、戦争体験者の映像視聴、パネルディスカッション、意見交換会があった。
主催 鹿屋市平和学ガイド調査員連絡会
後援 鹿屋市
開会行事があり、迫睦子会長、郷原拓男市長があいさつ。
海軍航空隊串良基地と戦跡については、野添博志さんが、自ら作成した岸良基地施設位置図を参考に、1944年4月に建設、滑走路や掩体壕、誘導路、司令壕や地下施設、弊社、燃料庫などの説明があった。
旧海軍航空隊串良基地の特攻関係者によるビデオ視聴もあった。
戦争体験者の河野良幸さん、末吉茂さん(サポート俊一さん)による体験を語るパネルディスカッションでは、河野さんが農作業に手伝いで馬を引いているときに機銃掃射を受け、やっとの思いで逃げまわった体験をし、その後、馬でなく牛を飼うようになったこと。空襲の度に防空壕に逃げていたこと…などを話した。
末吉さんは、小さいころ、今の平和公園の基地に、荷車で土を運んだこと。朝鮮の人たちが働かされていたこと。
(俊一さんの)祖母は空襲で足に破片が食い込みとれなくて20年くらい経ってからでてきたこと。
グラマンの2人の兵士がパラシュートで白寒水付近に降りてきて連れていかれたこと。初めて見る外国人で背が高くて火傷をいっぱいしていた…などの話をした。
会場からは、「受けた教育は戦中と戦後とは違ったと思うがどう感じていたのか」などの質問があり、意見文換が続いた。
未来へつなぐ、子ども平和学習ガイドの紹介と感想なども聞いた。















































カナザワ様 7月例会_250708_10_1024.jpg)




