《大隅点描 》
旗山神社の柴祭り ホウ、ホウ、ホンガラホウホウ
旗山神社は、鹿児島県肝属郡錦江町池田にあり、古くは平安期に京の都からおおねじめに土着してきた藤原頼光配下の押領司、または平家落人の押領司が寺院を建てたとの両論がある。
その寺名は王領寺となっており押領司の名からとっている。
いずれにしても当時藤原氏の影響下の中で、押領司が王領寺を建納したことが推察できる。
写真=木カギによる田の耕き起こし
うち島津氏の時代に入ると旗山神社の名に入れ替わっている。
この王領寺は藩政時代に廃寺になったと考えられるが、鳥居両側には不思議と現在も三国名勝図会にも仁王像が立っており、仏教の影響を残している。
それも池田集落には押領司氏の名が多く存在することも注目されます。
写真=神語「ホウ、ホウ、ホンガラホウホウ」と木カギを高々と上げ、鳥を追うしぐさ
その歴史ある旗山神社で、今年も正月行事が元旦から4日にかけて行われた。
実際には一般的に正月行事が見られるのは、現在では2、3日に限られている。
正月2日は安水集落の神川流域にある立神岩神社で行われていた、現在は安水集落内に4年前に移転し行事を行っている。
外庭にてシラス(火山灰)で山を作り、田んぼに見立て木のカギで耕きおこしの模擬を行う。
写真=周辺の人(見物人)へのイタズラによるシラス蒔き
同時に農高に関連する歌を長々とうたう。
整地した田に種籾と小さく刻んだ青葉を蒔く。
そして神職は「ホウ、ホウ、ホンガラホウホウ」と木カギを高々と上げ、鳥を追うしぐさをする。
最後に安水集落の氏神山にてお供え物を祓い、集落安全を祈る。
写真=餅盗人
正月3日は、御神幸祭で先シバ、立神、山祭、オノサオ3本、キンハイ2本、弓矢を持って神職、伶人は先シバ(コノサカ)へ移動する。
初山嶽(古くから背馳山々の総名)を望む位置に半下石山を作り、奥山すみ、中山すみ、山ノ口すみを作り、旗山皇神の狩り初めの由を告げる。
そして狩り倉に行き模擬の狩りを行う。同時に狩りの歌を長くうたう。
射止めたシシを火で焼く。第2シバでは笹原集落を望む所に笹原かんめを敷く。
展望にすぐれ、錦江湾、大隅南部の山々が一望される。
写真=本シバ アラカシ、ネズミモチ、ユズリハで組み立てられた狩り倉、弓矢でシシを射止めてかかげる神職
写真=先シバ
写真=第2シバ(笹原かんめ) 後方に初山嶽
写真=第4シバ オノサオ3本、キンハイ2本、旗山皇神(神サカキ)、粢(しとぎ)
写真=模擬のシシ狩りを行い、猪肉の代わりに 粢(しとぎ)を取りトーンと言って食べる
狩り初め山幸を祈り申してシシの身開きをトントン、トンと猪肉の代わりに
粢(しとぎ)を取りトーンと言って食べる。
第3シバ(大窪集落方面)、第4シバ(段中野集落方面)、第5シバ(岩元集落方面)でも狩り、山を作り山幸を祈り、今年の集落安全を祈る。
最後は高尾山で祓いをして神川の海、川をつくり、海幸、川幸を祈る。
大隅の自然、歴史研究
坂元二三夫














































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