2024年08月21日 22時49分

《雑草 》

これまでの戦後とは違った意識の持ち方が必要なとき

 終戦記念日を機に数回、この国のかたちのことを書いてきた。
 言いたかったのは、それぞれの立場、今のこの世界の世相を考え、国としてやらなければなならないことがあり、自衛隊の役目、そして国民の存在。
 もしこの国が紛争や戦争に巻き込まれた場合、銃を持つ人、そして戦争に新たに徴収され、長引けば長引くほど無差別に攻撃を受けることになる国民。

 戦争の歴史を学んでいく中で、特に太平洋戦争開戦時の83年前、その前後で何があったのか、そして開戦後、国はどういった選択をし、国民はどのような影響を受けたのか。

 そして戦中の国民はどんな思いでこの戦争を見ていたのか。開戦時と、戦中と敗戦後すぐと、戦後50年、そして80年が経とうとする今と、時代を追うごとに戦争に対しての見る目がかなり違ってきている。

 国が決めることに直接口を挟むことはできないが、戦争というものに対して、国民が今現在何を感じているのか、その思いをどうして伝えていくのか。

 もっと言えば、こと戦争に関しては、報道の影響がとても大きく、ミニコミとしては何もできないのかもしれないが、先の大戦のときのように、戦争の気運を高めるような役目を決してしてはならないと思うし、戦時中も偽りの情報を流し続け、その結果として、多くの兵や国民の犠牲を増やしてしまったことを考えると、戒めのような思いが重なる。

 この時期になると何度か書いてきたことだが、ジャーナリストむのたけじ(武野武治)さん。
 太平洋戦争従軍記者としての経験や反省から、昭和20年8月15日の敗戦を機に、権力の統制に屈服して太平洋戦争の戦意高揚に関与した責任をとり朝日新聞を退社し、新聞「たいまつ」を創刊。
 終始反戦・平和を訴え続け、2016年101歳で他界された。

国と報道と国民とが一体となって突き進む危うさ

 いま、世界中で紛争や難民、飢餓など絶えなく、現実に戦争が起こっている。

 だからこそ、何かが極まったときに国がすることに対して、国と国民とが一体になって進んでいくことはとても大事だが、こと戦争、特に他国とのかかわりの中で、国と報道と国民とが一体となって突き進んでいくことの危うさ、この国のかたちが変容している最中だからこそ、これまでの戦後とは違った意識の持ち方が必要なときだと強く思う。国民として、そして報道として。(米永)

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