《おおすみ雑記 》
最近で とてもうれしかったこと…友との再会
先日は、とてもうれしいことがあった。
鹿屋中野球部時代、3年間ずっと、ほぼ毎日いっしょだった親友から久しぶりに連絡があり、10数年ぶりに再会した。
それ以前は、年に何回かはやりとりはしてきたが、体調を崩したりしたこともあって、音信不通になっていて、着信の名前を見て、ちょっと心が躍った。今は尼崎に住んでいる。
僕らは、鹿屋小でも野球をやっていて、私は大手町、彼は本町。今は子どもがあまり住んでいず、子ども会もできない町内会になっていると聞いているが、当時は今の鹿屋小の西側からリナシティかのやの間が、人数が多すぎて大手町だけでなく東大手チームも作って、西大手チームもあり、この狭いエリアに3チームがあったほど、にぎやかだった。
野球を通じてすごく繋がって、2人一緒で中学校の入学式に野球部の門を叩いた。
当時僕は160センチ弱だったが、彼は180㌢近くあって、中学3年のときは4番を打ち、3人の投手のうちの一人、結構強いチームだった。
彼は野球留学で岐阜の中京商業に行き、2年と3年で1塁と3塁手として甲子園に出場。
あとシングルが出ればサイクルヒットという長距離ヒッター、高校代表で当時の原辰徳選手らと米国遠征にいったほど。
早稲田大学に行こうとしていたが、ドラフトで指名され阪神タイガースに入団。
当時は、藤田平、ラインバック、田淵幸一、ブリーデン、掛布雅之という強力打線で、なかなか1軍出場の機会がなかった。
でも、鹿屋中野球部としてはスーパースターだった。
本町の彼は、通学途中に私の家があり、毎日いっしょに学校に行き、休みも野球漬けだったので、365日3年間ほぼ一緒だった。
だんだん生きづらい世の中になってきているが…
今回、体調が万全でないながらも、娘さん二人が背中を押してくれて、10数年ぶりの帰郷となった。
そこで、当時のショートを守っていた同級生の店で、キャッチャーを呼んで、4人+娘さん2人の6人で野球談議に花が咲いた。
その時のチームのクリーンアップの3人は3本柱の投手でもあり、中京商業、鹿実、鹿商と、その3人が甲子園に出場したという面白いチームだった。
まったくの私事で申し訳ない。盛り上がった話の中で書きたいことも山ほどあるが、ただ、鹿屋からこういう選手がその時代にいた…ということを知って欲しいという思いもあってのこと…。
「友あり遠方より来るまた楽しからずや」ではないが、中学生だったが、3年間同じ釜の飯を食ったとも言える友との再会。
私自身、幼稚園からの腐れ縁だった親友、そして中学から同じバンドでドラムを叩いていた親友2人をともに60代になってから亡くしていて、なので、この再会は何よりも心が弾んだ。
そして、この歳になるとやはり健康の話。それぞれがどこかにガタがきている。
何か、だんだん生きづらい世の中になってきているが、だからこそ、こうした繋がりは大事なのかなと思う。
皆さんも、会いたいと思っている人がいても、忙しかったりでなかなか踏み込めないことがあるとしたら、どこかで思い切ってアプローチしてみては…。(米永20260514)
















































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