《政治・行政 》
全国の山城ファンが 気持ちよく志布志城を楽しんで
市観光特産品協会と高校生ら清掃作業
(一社)志布志市観光特産品協会の志布志城清掃作業が、令和8年2月11日、地元高校生ボランティアの協力も得て実施された。
志布志城は、国指定史跡で続日本100名城の197番目に登録されており、県内でも大規榠な山城だったことや、綺麗に残っている空堀構造など、全国の山城ファンが志布志城を訪れている。
同協会では、訪れる方々に気持ちよく志布志城を楽しんでいただけるよう、美しい観光地を一緒に整えたらと呼び掛け実施したもの。
この日は、志布志高校、尚志館高校の地元高校生ボランティア、同協会の役員、会員や行政も参加して行われた。
大人は草刈り機などで、本丸などに通じる順路の除草や倒木の除いたりし、高校生ボランティアは、そのあとをきれいにしながら、心地よい汗をかいていた。
志布志城は、12世紀から救仁院氏、楡井氏、畠山氏、新納氏、肝付氏と次々と城主が変わり、守護大名の島津氏久が本拠としたこともある。
その規模は、南北600m、東西300mの大きさで、北東から南西に延びた細長い丘陵の先端部に立地し、北東部のみが台地につながっている地形となっている。
この部分に深い堀切(山城を台地や尾根から切り離す大きな空堀)を設け、台地と山城を切り離している。
内城は大きく3つの部分に分けられ、それぞれ本丸、中野久尾、大野久尾と呼ばれ、南北朝の時代には本丸を中心とした部分だけであったのが、その後の戦乱を経て中野久尾と大野久尾が作られ規模が拡大したと考えられている。
1993年(平成5年)3月24日に内城(うちじょう)跡が鹿児島県指定史跡。
2005年(平成17年)7月14日に国の史跡に指定され、2017年(平成29年)4月6日には、続日本100名城(197番)に選定されている。
志布志市観光特産品協会では「ぜひ一度足を運んで、歴史を感じながら散策してみてください」などPRしている。
















































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