《行政 》
行き過ぎた国の生産量や価格を管理するシステムの弊害か
前回に続いて…令和のコメ騒動、今後どういう展開をしていくのだろうかということ。
様々な議論や憶測、批評があり不透明な部分があるが、50年以上も続いた減反政策、そして業者の買いだめ出し渋り、その他もろもろの複合的な原因があるのだろう。

上がった米価が、備蓄米放出で下がっていくのかという議論が多くなされているが、構造的な問題もあり、そこに焦点が当てられない限り、今後の方向性はあいまいなままで終わってしまうのだろうか。
一つには、私たちの主食であるお米を、食料自給率から考えて議論していくことが必要なのかと思う。
長年続いてきた減反政策により休耕田が増え、減反による補助等を考えても、規模の問題もあるが、持続可能な米作に届いていないという現状がある。
なので後継者不在が続き、農家の高齢化にさらに拍車が掛かっていて、それを放置してきたことも大きな要因なのだろう。
そこで、田んぼ一枚の面積を広げ、大規模農業化して、例えば余ったお米は輸出していくということも言われる。畑地についてもICT農業、スマート農業ということが言われ、それはそれで一つの方向性として進めていくことが求められる。
ただ、休耕田や耕作放棄地が増えていく現状は、例えば肝属平野の田畑でも最近は少しずつ目立ってきているが、特に中山間部で顕著。
水がきれいで美味しいと言われる中山間地に訪れてみると、清らかな水が棚田に張られ、美しい光景が広がっている場に目を見張ることがあるが、昨年まで作られていた田んぼが手つかずの状態で、聞いてみると「体が思うように動かなくなった」などという。
さらに、山のほうに向かって指差し、「私の親父の代では、その先まで棚田が広がっていたんですよ」という。
目を向けると、水田の跡形もなくすでに林や森のようになっている。
先日は1町ほど作っている米農家に話を聞いたところ、「今年は飼料米を作っていた分をもとに戻す」と言っておられた。
これらは、行き過ぎた国の生産量や価格を管理するシステムによる弊害なのだろう。米の供給不足、需給バランスが崩れ、業者等の買いだめ出し渋りも加わり米価が混乱している。
平成のコメ騒動時の通常1400万トン生産から4割の水田がなくなり700万トン切る…
振り返って1993年の不作による翌年の平成のコメ騒動の時は、通常1400万トンとされていた米生産が、不作で783万トンまで減ったというが、その後も減反政策は続く形で4割の水田がなくなり、今は700万トンを切り650万トンとも言われている。
その時は、今のコメ騒動のようには、話題にはならなかったと感じているが、そこで根本的な議論ができていれば、今まだ、ここまで消費者に負担を掛けることにならなかったのだろう。
生産についての大きな課題に加えて今、21万トンの米が流通ルートから消えたとも言われる。
それは、新規参入の投機筋業者による買い占めもあってか、2024年米が40万トン不足、新米を先食いして18万トン増も、20数万トン不足になったともされる。
流通のことも大きな問題だが、やはり行き過ぎた国の生産量や価格を管理するシステムの弊害なのだろう。
次は、食料自給率からも考えて書いてみたい。(米永2025612)